AIの話を、仕事の話に。データを預からない支援です。

文書・会計・会議・共有・顧客管理——動いている業務ソフトの費用を見直す前に

毎月届く請求書を見て「これ、全部必要なのか」と感じたことはないだろうか。見積書を作る、会議を開く、書類を保管する、顧客の連絡先を残す——会社のあちこちに商用ソフトが入り込んでいて、入れ替えは後回しにされやすい。しかし前回扱った「作図・画像ソフト」とは違って、今回の対象は止まると業務が止まる領域に食い込んでいる。まずは、その前提に立った話をしたい。

置き換えを先に考えるべきではない場合

調査した8組の商用ソフトを見て回る前に、社用ソフトの置き換えを見送るべき場面を先に書いておく。後から慌てなくて済むようにするためだ。

取引先が指定しているソフトは、社内で勝手に替えられない。会計データの提出形式、発注書のPDF形式、登記書類の受け付け形式——これらは相手の業務に組み込まれていることが多く、自社の判断だけでは変えられない。

法定保存が絡むデータを扱うソフトも、そう簡単には置き換えられない。会計帳簿、契約書、税務書類には法律で保管期間や形式が決まっているものがある。会計ソフトを動かす側を替えるなら、データの引継ぎと保存形式の妥当性を自分の目で確認する必要がある。

社内の全員が毎日使うものも、替えどきが難しい。メール、文書作成、ファイル共有——これらが動かなければ、その日の業務が立ち止まる。止まった時間が長引けば、取引先にも迷惑が及ぶ。置き換えは計画的にしかできない領域だ。

逆に言えば、これらに該当しない範囲——たとえば一部チームだけが使う、第二の選択肢があって併用できる、内製の代替を試せる——であれば、置き換えを検討する余地はある。

置き換えやすいもの/そうでないものの見分け方

調査では「商用ソフトのファイル形式を、代替ソフトが公式に読み込めるか」を一つの軸にしていた。結果、Microsoft 365 の .docx/.xlsx/.pptx を LibreOffice が公式に読み込めると書かれた組、ファイルサーバ機能として SMB プロトコルを扱う Samba が Windows からそのまま読み書きできる組——つまり2組は公式に「読み書きできる」と書かれていた。残り6組は、代替OSSの公式文書に「読み込めます」という明記が見つからなかった。

この事実から、判断軸を3つに絞る。

判断軸1:ファイル形式に互換性があるかどうか。相手とやり取りする文書形式を、自社側で自社用に開いて編集できるかどうか。これが公式に書かれていれば、いきなり全社投入しなくても、一部部署での試用が始めやすい。

判断軸2:社内にデータが残るかどうか。SaaS(販売事業者のサーバで動く形)を選んでいると、納品後にアカウントを閉じるとデータが行方不明になることがある。オンプレ(自社で動かす形)で動かせる代替があるなら、社内に手元にデータを残せる。

判断軸3:社内の止めにくさ。毎日全員が触るものは、置き換え後に障害が出ると業務が止まる。代替を試すなら、並行運用の期間を取り、止めてはならない業務だけは商用版のままで動かす。

8組の調査結果(読者向け整理)

調査したのは、商用ソフトと代替OSSの8組である。金額の欄は作らない。読者が「いくらのソフトを、いくらの代替に替えられるか」は、公式価格ページと自分で確認するのが確実だからだ。

# 用途 商用ソフト 代替OSS 元のファイル形式を代替が公式に読み込めるか ライセンス上の注意
1 PDF編集 Adobe Acrobat Pro LibreOffice Draw 公式ヘルプにPDFインポート/エクスポートの記載あり MPL 2.0、商用利用可
2 文書・表計算・プレゼン Microsoft 365 Business Standard LibreOffice .docx, .xlsx, .pptx 形式で保存可能と公式に明記 MPL 2.0、商用利用可
3 会計 弥生会計 26 スタンダード GnuCash 弥生の独自形式を読み込めるとの公式記載なし GPL、商用利用可
4 会議 Zoom Workplace Pro Jitsi Meet Zoomの独自形式(.zoom)は公式に対応記載なし Apache 2.0、商用利用可
5 社内チャット Slack Pro Element(Matrix) Slackのexport JSONを読み込めると公式明記なし Apache 2.0、商用利用可
6 ファイル共有 Dropbox Business Nextcloud ファイル形式は一般ファイル流通で問題なし AGPL-3.0、自社利用は可、SaaSとして外部提供すると条件あり
7 顧客管理 Salesforce Starter Suite SuiteCRM CSVインポートは公式機能、独自形式の直接読込みは明記なし AGPL-3.0、自社利用は可
8 ファイルサーバ Windows Server Samba SMBプロトコル経由でWindowsから読み書き可 GPL-3.0 / LGPL-3.0、社内利用は可

公式に読み込める」と断定できる組が少ないのが、この表の見どころだ。Microsoft 365 ↔ LibreOffice、Windows Server ↔ Samba の2組。逆に、Slack・Zoom・弥生会計・Salesforce のように、自社データ形式を持っている商用ソフトは、代替ソフトにそのまま流し込めるとは限らない。

ライセンスと商用利用の落とし穴

金額の話ではないので、ここは条文の話になる。原典を並べると以下のとおりである。

LibreOfficeの公式サイトには「It’s free and open source software」「LibreOffice provides unfettered access to our office productivity tools, at no cost to you」と書かれている。ソースはlibreoffice.org公式である。ライセンスはMPL 2.0で、コピーレフト型だがファイル単位で適用され、商用利用が制限されることはない(出典: libreoffice.org/licenses/)。

GnuCashの公式サイトには「freely licensed under the GNU GPL」と書かれている。GPLなので再頒布時にGPL継承義務は発生するが、社内利用に制約はない(出典: gnucash.org)。

Element(Matrix)のLICENSE冒頭には「Apache License 2.0」と記載されている(出典: github.com/element-hq/element-web/blob/develop/LICENSE)。Jitsi Meet も同様に Apache License 2.0(出典: github.com/jitsi/jitsi-meet/blob/master/LICENSE)。

落とし穴になりやすいのはAGPL-3.0である。Nextcloud と SuiteCRM が該当する。AGPLは「ネットワーク経由でソフトウェアを提供する場合、ソースコードを開示しなければならない」という条項を含む。自社内で利用している限りは、この条項は発火しない。問題になるのは、このOSSを動かして、外部の顧客や取引先に「サービス」として提供する場合である。その場合はソース開示義務が発生する。社内のファイル共有・顧客管理として使う分には問題ないが、「うちのNextcloudにうちの取引先がファイルを置いていいよ」とSaaS的に外部提供すると、話は変わる。自社利用の枠を超えるかどうかが、商用利用の境界線になる。

SuiteCRM の公式サイトには「SuiteCRM is the world’s #1 open source CRM. Self-host it on your own infrastructure … no licence fees, no vendor lock-in」と書かれている(出典: suitecrm.com)。自社ホストに限定している点が、AGPLと整合する。

試すときの手順

置き換えを試すなら、手順を踏む。全部一気に換えるのは事故のもとだ。

手順1:対象の商用ソフトのうち、止めても業務が完全に止まらないものを1つ選ぶ。 全社で毎日使うメールや基幹会計は、最初に触るところではない。

手順2:代替OSSを1台のPC、または社内のテスト環境にインストールする。 商用データを読み込めるかどうかは、ここで実機確認する。読み込みの可否が公式文書に書かれていない組であっても、実機で読めれば実用化は進む。

手順3:並行運用期間を設ける。 商用版と代替版を一定期間、両方動かす。同時に動かして、差が出ても商用版が動く状態にしておく。1週間〜1か月は、商用版を側においておきたい。

手順4:費用と手間の比較を取る。 金額は公式価格ページを確認する。工数については、社内運用だけで完結するか、IT事業者や情シス担当者を呼ぶ必要があるかで大きく変わる。代替OSSは「無料」でダウンロードできるが、動かす・運用する・障害が起きたときに対応する人的コストは、金額に転嫁しづらい。

手順5:止める判断と、残す判断をわける。 試した結果、業務に支障がなければ商用版を解約する。支障が出た範囲は商用版を残す。全部置き換えねばならない、という話ではない。

今日できる最初の一歩

ファイルのバックアップを1つ作る。会社の「あと10年でどうなっていたいか」を決める話はもっと後でいい。今日の最初の一歩は、商用ソフトに今入っているデータのうち、取り出したいファイル形式を確認すること。PDFならPDF、.docx なら .docx、弥生会計の独自形式なら——ここから自分で書き出しておく。代替ソフトを選ぶ話以前の、データの持ち出し可否確認が最初の一歩になる。

結び

社用ソフトは便利だが、入れ替えには順番がある。まず止めるべきではない業務を見分けて、ファイル形式の互換性を見て、ライセンスの条文を読み、並行運用を置いてから、初めて替える。ヤギヌマ企画では、この整理と、導入支援・運用相談を引き受けている。相談の入口はヤギヌマ企画のウェブサイトまたは電子メールで——そこを最後にしておく。

記事一覧へ戻る