置き換えてはいけない現場——先に確認する4つの質問
結論を先に書く。
**ソフトの置き換えが成功するかどうかは、乗り換え先の性能ではなく、いま使っているソフトの使われ方で決まる。**そして、それは4つの質問で確認できる。
この記事は「どう置き換えるか」ではなく、**「置き換えてはいけないかどうか」**を先に見分けるためのものだ。私は提案の一番最初にこれを確認していて、**ここで止まる現場のほうが多い。**止まってよかった、と思っている。
順序は次のとおり。(1)「失うもの」とは何か、(2)この4問でできないこと、(3)4つの質問、(4)例外、(5)実務でどう効いたか、(6)今日20分でできること。
「失うもの」とは何か
定義する。ここで言う「失うもの」とは、いま使っているソフトの中にだけ存在していて、そのソフトを離れると消えるものを指す。
ファイルそのものではない。ファイルは大抵どうにかなる。消えるのはこういうものだ。
- ソフトの中に登録した部品や項目の定義(社内で育ててきたもの)
- 過去のデータの中に埋め込まれた、そのソフト固有の意味
- そのソフトを前提に組んだ、社内の手順や様式
- 「このソフトで作ったもの」を前提にした取引先とのやりとり
厄介なのは、これらが普段まったく意識されないことだ。毎日使っていても、「何が中に溜まっているか」は考えない。だから置き換えの話になって初めて、**溜まっていたことに気づく。**気づくのが移行の途中だと、いちばん高くつく。
この4問でできないこと
デメリットから書く。この4つの質問で分かるのは「やめたほうがいい」だけで、「やっていい」は分からない。
これは言葉遊びではなく、そのまま使い方に効く。
- 4問すべてに「問題なし」と答えられても、**それは置き換えが成功する保証ではない。**次の検討に進んでよい、というだけだ。
- 逆に、1つでも引っかかったら、その1点で止めるだけの理由になる。
つまりこの4問は、**否定の側にしか効かない。**それでも最初に置く価値があるのは、止まる理由は早く見つかるほど安いからだ。移行を半分進めてから気づくのと、始める前に気づくのとでは、失うものの量が違う。
もう1つ。**この4問は、乗り換え先が何であるかを一切問わない。**無償ソフトでも、別の商用ソフトでも、自社開発でも同じだ。いま使っているソフトの側だけを見ている。
4つの質問
順番に意味がある。上から聞いてほしい。
質問1:そのソフトを「作る道具」として使っていますか。それとも「ためる場所」として使っていますか
いちばん重要な質問だ。
作る道具として使っている——つまり、そのソフトで何かを作って、出来上がったものは別の形(紙、PDF、他システム)で使っている——なら、置き換えの余地は大きい。中に何も溜まっていないからだ。
ためる場所として使っている——過去のデータをそのソフトの中で検索し、再利用し、更新している——なら、**置き換えのハードルは一段上がる。**中身を出せるかどうかが先の問題になる。
判断に迷ったら、こう聞くといい。**「そのソフトを開かずに、過去のデータを探すことがありますか」。**あるなら作る道具、無いならためる場所に近い。
質問2:そのソフトの中に、自社で育ててきた登録物がありますか
部品の定義、項目のマスタ、テンプレート、分類のルール。**「入れたときから増えていて、誰かが手を入れ続けているもの」**があるかどうか。
あるなら、それは資産だ。**移行できるかどうかを個別に確かめる必要がある。**確かめずに進めると、移行の終盤で「これが無いと使えない」が出てくる。
無いなら——標準のまま使っていて、自社で足したものが無いなら——この点では止まらない。
質問3:取引先や提出先から、形式を指定されていますか
指定があるなら、技術の問題ではなく取引条件の問題になる。こちらの都合で形式は選べない。
ただし、ここは確認の仕方が大事だ。「そのソフトで作れ」と言われているのか、「その形式で出せ」と言われているのかは違う。後者なら、別のソフトでその形式を出せれば通ることがある。指定の中身を一度読み直す価値はある。
質問4:過去に作ったものを、どのくらいの頻度で開き直しますか
ほとんど開かない——作ったら終わり——なら、過去分は今のソフトのまま置いておけばいい。新しいものから新しいソフトで作る、という並行運用ができる。
頻繁に開き直す、あるいは過去のものを下敷きにして新しいものを作るなら、**過去分をすべて移す必要が出てくる。**これは移行の規模を一桁変える。
判定のまとめ
| 質問 | 止まる側の答え | 意味 |
|---|---|---|
| 1. 作る道具か、ためる場所か | ためる場所 | 中身を出せるかが先の問題になる |
| 2. 自社で育てた登録物があるか | ある | 個別に移行可否を確かめる |
| 3. 形式の指定があるか | ある | 取引条件の問題。技術では解けない |
| 4. 過去分を開き直すか | 頻繁に開く | 過去分の全移行が必要。規模が変わる |
**1つでも「止まる側」なら、そこを解決する道筋が立つまで先に進まない。**4つとも問題なければ、次の検討へ進んでよい。
例外——引っかかっても進めてよい場合
3つある。
**引っかかった1点が、そもそも不要だった場合。**質問2で「登録物がある」となっても、中身を見たら何年も使われていない定義だった、ということがある。あるかどうかではなく、使っているかを確かめる。
**移行しないという選択肢がある場合。**過去分は今のソフトのまま残し、新しいものだけ新しいソフトで作る。質問4が引っかかっても、この形なら成立することがある。全部を一度に動かす必要はない。
**引っかかった点を、置き換えのついでに解決できる場合。**これは次の記事で書くが、移行を「同じものを作り直す作業」ではなく「足りなかったものを足す機会」にできることがある。その場合、質問2は止まる理由ではなく、やる理由に変わる。
実務でどう効いたか
私は現在、別の業務領域で、商用ソフトから無償ソフトへの置き換えを実務で進めている(属する組織や製品の名前は書かない)。この4問を実際に当てたときの答えを書く。
質問1の答えが決定的だった。**そのソフトは、図を描くためだけに使われていた。**出来上がった図は印刷して使われ、ソフトの中を検索して過去のものを探す運用にはなっていなかった。作る道具であって、ためる場所ではなかった。
質問2も同じ方向だった。図が本来持てるはずの部品の情報が、そもそも入っていなかった。登録して育ててきた資産が無い、ということだ。これは普通なら「もったいない使い方」だが、置き換えの場面では失うものが無いという意味になる。
**だから踏み切れた。**逆に言えば、同じソフトを本来の使い方——設計のデータベースとして——使っている現場なら、私は同じ提案をしない。
正直に付け加えると、**この判断が正しかったかどうかの最終的な答えはまだ出ていない。**置き換えは進行中で、完了していない。いまのところ想定どおりに進んでいる、としか言えない。
今日できること(費用なし・20分)
自分の現場に当てるだけなら20分で終わる。ソフトも要らない。
- 置き換えを考えているソフトを1つ決める。
- **4つの質問に、紙で答える。**推測で答えない。分からなければ、実際に使っている人に聞く。
- 「止まる側」の答えが1つでもあったら、その横に「なぜそれが問題になるか」を一行書く。
**書けなければ、それは問題ではないかもしれない。**書けたなら、それが先に解決すべきことだ。
この20分でいちばん価値があるのは、4つとも問題ないと分かった場合ではない。引っかかった点が具体的に見つかった場合だ。それが分かっていれば、業者に相談するときの話が最初から具体的になる。
この記事で書かなかったこと
- 引っかかった点をどう解決するか(点ごとに違うため。次の記事以降で個別に扱う)
- 乗り換え先の選び方(この記事は現行ソフトの側だけを見ている。選び方は別記事に書いた)
- 移行にかかる工数や費用の目安(実案件で実測して積んでいる途中。現時点で出せる数字が無い)
- 過去分を一括変換する方法(形式によって成否が分かれるため、個別に確認が要る)